アムステルダム・フライブルク・ミュンヘン

スタディーツアー報告
〜見てきました!人の暮らしを大切にする道路交通環境〜 

1999 國松悦子
               
 皆さんの中で海外に行ったことのある方、特にヨーロッパの地に初めて降り立った時に感じた印象は、どんなだったでしょうか?
 私は、この度、ドイツ人のビアンカ・フュルストさんコーディネイトの札幌市環境保全協議会スタディーツアーに参加してまいりました。「道はだれのもの?札幌21」の代表として協議会メンバーでもありますので、ヨーロッパの交通事情を学ぶ願ってもないチャンスと思い出発した旅でした。
 初めてアムステルダム駅前に降り立ち、歴史的で重厚な建造物を背景に電車や自転車、車の流れを目にしたとき「あー、ヨーロッパなのだ」という感慨以上に「一体どうなっているのだろうか」というショックを受けたのでした。
 アムステルダム、フライブルク、ミュンヘンと見てきましたが、どの街も車は少なく(すみわけが出来ている)電車・地下鉄などの公共交通が、発達し、歩行者、自転車、車が、共存していることを実感しました。共存するためには、優先されるべきは車ではないことが、はっきりしています。この地では、見た目にも歩行者、自転車が、優先されているとすぐわかります。このことが、とても心地よく、この光景が、とても美しいと感じました。
 日本の道路交通環境を感覚的に表現すると直線的、角張っている、汚れた空気、排気ガス臭、騒音、そして何より危険と言えると思います。それが、訪れたこの地では、まるで逆だと言ったら皆さんどう思いますか。ここでは、杖をついたお年寄りからベビーカーの赤ちゃんまで都心広場や朝市などで多様な生活感あふれる交流が見られるのです。
 私の発見のひとつに、都心でも、静かで騒音がなく空気が澄んでいるので、人の話し声が建物に反射し遠くからでも聞こえてくるということが、ありました。人の動きが目立ち人間が主役であることに気づかされます。意識せずとも数多くのコミュニケーションが生まれる素地さえも、この交通環境だから出来ることなのだと思います。私も安心感に包まれ、なぜか昔懐かしく恋しい思いと 羨ましく悔しい思いが、交差したのでありました。
                   (1999.9.発行「だより」No.2 より)                                      
 さて、最初に申しました「一体どうなっているのだろう」という思いに帰国後もずーっと捕われていたのですが、それは、この共存状態を保つための複雑な交通システムから来るものでした。信号、白線、道路形状どれを見てもすぐには訳がわからないのです。私は、撮って来たビデオとフライブルク市交通局から頂いた写真資料を何度も見返し分析してみました。その一部を図に描いて見ました。  ※開いて次ぎページへ※
                          
                  
 図では複雑に見えますが、ビデオで見る限りは、整然と交通整理され人や自転車が、のんびり通行していてホームには人の話し声がしている落ち着いたステーション風景です。このように複雑な交通システムの元で安全でスムーズな共存状態が、保たれているのです。
これに比べ大変シンプルな日本の交通システムは、車優先の為せる技で、人間が、小さくなっているからこそ可能な状況と言えるのではないでしょうか。
 最後に、車優先の最大の被害、交通事故の視点から言うと、本気で交通事故を減らそうとしているのか疑問に思います。ただでさえ小さくさせられている交通弱者に対し何十年も交通安全運動を呼びかけてきました。この運動の影で、本当に改善しなければならないことが、見えにくくなっているように思えてなりません。
 この報告から、単に形やシステムだけを切り取って日本に採り入れて欲しいのではなく、何が大事にされ、優先されているかを汲み取っていただきたいと思います。車中心に出来てしまった私達の共有空間、中でも道路交通環境を変えることで安全で暮らしやすい都市になると信じています。ハード面、ソフト面合わせて見て頂ければ幸いです。