この会は、歩行者(とりわけ交通弱者を念頭に置き)自転車、
車の「安全を第一とする共存」を願い、生活者の視点から
望ましい交通環境の在り方を探り,改善していく事を目指しています。
1997年5月末の「道はだれのもの?」写真資料展及び講演会を経て、
これを開催した実行委員会の趣旨と共に、意見をお寄せ下さった方々の
思いも生かしたく「道はだれのもの?札幌21」の活動へと繋いできました。
 様々な場で交通問題の解決に取組まれている方々と連携したいと
願っております。

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 今,各地で“まちづくり”に様々な夢が語られています。
アイディアを寄せ合う大切さは言うまでもありませんが,
一方で、街の大切な要素、身近な道をどう造るかということに
一般市民は参画できていないのが実情です。
 私達が願うのは、子供達が安心して登下校でき、
時に道草を食っても命は取られない道。
お年寄りにとっても歩きやすくゆったり散歩でき、
苦労しなくても横断できる道。
休日でなくても家族連れで楽しく歩ける道。
近所同士の立ち話が出来る道。
自転車でも肩身を狭くしないでスムーズに走れる道。

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 これまでの車優先社会では、実現不可能な道です。
“人にやさしいマチ”には、“道が安全であること”が、欠かせません。
現実に道を造る際、交通の安全を総合的に把握し、
最優先課題にしているでしょうか?
 道路環境をそれぞれの視点から見て歩き、危険や問題点を感じたら、
生活者の立場から声を出して行きませんか。
普段その道を使っている市民の声をまず最初にとり入れて、
道が造られるようになったら・・・。
身近な道の気になる所など、情報もぜひお寄せ下さい。
(写真があるとわかりやすいです。)

<通信No1−1999.5月発行より> … 抜粋 … 

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 見かけなくなった子どもの遊ぶ姿

「道はだれのもの?札幌21」
代表  國松 悦子

 札幌ドームも、ほぼ出来上がり、完成間近ということですが、私 達の家の周囲にボール遊びのできる場所はありますか?私の勝手な 解釈かもしれませんが、小さい頃から遊びながら路地や空き地でボールに親しんで育った選手は(例えばブラジルの選手等)始めからクラブ活動で教え込まれる形で育った選手に比べ、プレーに余裕があるように思えます。それにしても、最近本当に子ども達の遊んでいる姿を見かけなくなったと思いませんか。

 学校のグラウンドは、許可が必要ですし、空き地は、駐車場や管 理地になり鎖や柵をめぐらせてあります。公園も、ボール遊び禁止 の立て看板が多く目につき、周りは車の通行に遮られて、子どもや お年寄りが公園の中まで行きづらくなっている気がします。また、 自転車は持っていても、安全に走れる専用道路は、部分的にしか無 いので、生活の足として充分活用するには至りません。住宅街のど んな道も、クルマが通行出来る様になっており、“危ない”と、皆 で子どもやお年寄りに注意します。素直に受けとめる子ども達は、 どの様な方向で生活を選び取っているのか・・・思い巡らさざるを 得ません。

 この様に、地域が分断された暮らし方で、よいのかと疑問に思い ます。子ども達を健全に育てるには、家庭、学校、地域の連携が大 切とよく言われますが私達はこの道路・交通環境がもたらす見えな い影響に、早くから気づき、公共空間のあり方に意見を言うべきだったのではないでしょうか。

 凍りついた冬の歩道と、きれいに除雪されている車道を見るにつ け、誰のための道なのか?と思います。その答えは、誰と言う人間 ではなく、クルマの為です。私達も乗っている車の走行の為なので す。立派な道路が出来たと喜ぶ大人の声は聞こえますが、危なくて 安心して歩けないと言う子どもの思いはどこへ届くのでしょう。

 交通事故を想定すると加害者にも被害者にもなりうる現状です。 車と人(自転車も)が住み分けの出来る道路、まちのあり方を皆で 考えてみませんか。

<通信No.3より>